僕が10才の時新しい家族が出来た。
初めて君の目を見たときから僕は大好きになった。短い手足を一生懸命動かして僕の膝に乗ってくる。
それは目の大きなネコだった。黒と白のありふれた柄を身体に持っていた小さな子猫。
公園で君を見つけたときどうしても家に連れて帰りたかった。
だってお日様の匂いがして温かかったから。
お母さんは怒るだろうか。ドキドキとしながら自分の上着に子猫をくるんで家に帰った。
「お母さん子猫を見つけたんだ。家で飼っても良い?」
まるで自分が悪い事をした時のようにか細い声しか出なかった。
最初はびっくりしていたお母さんは子猫の世話をしっかりする約束で飼う事を許してくれた。
それからは大変だった。
まずはトイレや餌を買いに出かけたし、ちょこまかと部屋の中を動き回り目が離せない。
近所の動物病院で健康診断をしてもらったりワクチンを射って貰ったり。
すべてが初めてで大変だったけれど楽しかった。動物病院の先生が「女の子だよ」と教えてくれたので「ヒトミ」と名付けた。
ヒトミはすくすくと大きくなった。
そして僕の心の特等席に座った。
いたずらに手を焼いたこともあったし、急に餌を食べなくなって心配で病院に駆け込んだこともあった。
腕や足を引っかかれたり痛い思いも一杯したけれどヒトミはいつも僕の傍に居てくれた最高の友人。
その時の僕は知らなかったんだ。ヒトミは僕より成長が早いんだってことを。
いつまでも僕の傍に居てくれると思っていた。
中学校に通うようになって家に帰る時間が遅くなったり部活で休日も出かけるようになってヒトミとの接触がどんどん短くなっていった。
それでも夜は一緒に眠ったし、朝も同じ時間にご飯を食べた。僕の特等席は変わらない。
ただそこに居てくれるだけで幸せだった。
やがて高校大学と進学した僕。その頃からヒトミは寝る時間が長くなっていった。
お気に入りの場所を見つけては丸くなって寝たり時には身体をこれでもかというくらい伸ばして寝ていることもあった。身体を撫でてやるとやっぱりお日様の匂いがした。
ヒトミが家族になって12年が過ぎようとしていた。一日の大半を寝て過ごすようになっていた。少し痩せてきたようにも見える。
「ヒトミ」と名前を呼ぶと目を開けて尻尾で返事をしてくれる。
とうとう餌を少ししか食べなくなってきた。病院に行って栄養剤を貰ったりしたけれど先生には覚悟をするように言われた。
覚悟?いったい何の覚悟?
日向ぽっこをしながら眠っている姿が大好きだった。
長い尻尾は良く動きすらっとして大好きだった。
くるくるとした目が大好きだった。
僕の手に持っているものに興味津々だったよね。
大事にしていた鉛筆も齧られたっけ。
いっぱい写真も撮ったよ。
苦しそうな息遣いを聞いていると僕も苦しいよ。
ねえ、君は僕と過ごして幸せだっただろうか。
「ヒトミ」そっと呼びかけるとやっぱり尻尾で返事をしてくれる。
そんな体力も無いだろうに。必死に答えてくれる。
ヒトミが突然ゆっくりと起きだした。おぼつかない足取りで僕の膝に乗ってくる。
初めて会った時も必死に僕の膝に乗ってきたよね。
「ヒトミ」「ヒトミ」何度も何度も名前を呼んで身体を撫でる。
とうとうお日様の匂いのする身体が動かなくなった。
僕の特等席が空席になった瞬間だった。
空席になった椅子にはたくさんの思い出が置かれている。
ここはずっとヒトミの特等席。
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