2016年11月20日日曜日

友人のオジサン

新学期が今日から始まった。
長い夏休みも終わってしまえばあっという間だったなあとぼけっと考えていたら僕の前の席のヤツがくるっと振り向きずうずうしくこう言った。
 
 「宿題見せて」

 「何の?」と聞き返せばよりによってヤツはこう言ったんだ

 「読書感想文」

 「あほちゃう?そんなん自分で書かな意味ないやん」

 「ちっ、やっぱダメか。じゃあ算数見せてくれ」

 「あのさあ、夏休みの宿題で何が終わってるのか聞いても良い?」

 「何一つ終わってへん。算数見せてくれたら面白い話したるわ」

 「わお。強気やな。算数見せな面白い話はしてくれへんてか。しゃあないな、見せるけど間違ってても知らんで。先生来る前にさっさと終わらせて」

このよくわからないヤツのどこが良いんだか女子の人気はすごい。
王子と陰で呼ばれていることを本人は知っているのかいないのか。
いったいどれだけ写し終えるか疑問だけど困るのは僕じゃないしいいや。

誰かが廊下から走って教室に入ってきて叫んだ
 「先生来た!」

先生が教室に一歩入ったと同時に算数ノートが返ってきた。
早っ。
それと一緒に紙切れ?「サンキュウ」と文字が書かれていた。
それと何じゃこれ?笑ってる、ナスの絵?

後で聞いたらなすが笑ってるんじゃなくて僕が笑ってる絵だったらしい。
僕こんなに顔長くないぞ。酷い絵だ。

始業式がある日は給食がないのでお昼は家で食べる。
なので面白い話を聞き出すため午後から会う約束をした
 午後2時に公園に集合だったけれど僕は暇だったから早めに家を出てその公園で適当に遊んで時間をつぶそうと思った。
ところが公園に行くとすでに王子がベンチに座っていた。

 「早めに出てきたと思ったけどもう来てたん?」
 「まあな。じゃあ、ちょっと付いて来て」というとスタスタと歩き始める。
 「ちょ、ちょっと待ってよ。どこへ行くか教えてよ」
 「僕のオジサン家」
いつも思うけどもう少し会話というものをしてほしいよ。
単語だけじゃなくってさ。ま、良いけど。
オジサン家に着くまで会話らしい会話も無く…。面白い話はどこ行った?

 「ここ」
どうやら着いたらしい。
 家を見てびっくり。だってお屋敷?っていうくらい大きくて窓にはネコがたくさんこっちを眺めていた。
家に入ってからもびっくり。思った以上にネコがたくさんそこには住んでいた。
いったい何匹いるんだろう。
ざっと見た限り30匹はいる。それ以上はいる。30匹までは数えたけれど動くから同じやつを何度も数えたかもしれないし数えてないネコもいるだろうしもうお手上げ。
ちょっと怖かった。何だか猫たちに観察されているような気がしたから。
それでも30分もしたらネコ達もおのおの自分たちの好きなように過ごし始めた。
中には足元にすり寄ってくる猫も何匹かいて相手をしているのは楽しかった。

「で、オジサンはいないの?」
ネコの多さにびっくりしてオジサンを忘れていた。

「ん」

ん?ん?ってどう解釈したら良いんだろう。
王子が連れてきてくれたんだから僕がここに居てもいいんだろうけど、何だろうこの不安な気持ちは。

「ここに座ってちょっと待ってて。何か飲み物持ってくる」
ソファを勧められ僕は一人たくさんのネコのいる部屋に残された。
たくさんネコがいるのに綺麗にされている部屋。
足元にじゃれついてくるネコを抱っこする。あ、可愛い。
 いろいろなネコを抱っこしては頭をなぜてまた別のネコを可愛がる。
意外と人懐っこい。
 王子がちっとも戻ってこないので僕はいつの間にか眠ってしまったらしい。

 変な夢を見た。

 僕はどうやら学校の帰り道らしい。通学路を一人で家に向かっていた。
時々目に入った石を蹴っては溝に落とす。
遠くからでも「よろしくお願いしま~す」ばかりはっきり聞こえる選挙カーの声。
急に足に違和感を感じて下を向くとネコがまとわりついている。どこから現れたのか歩けないくらいにじゃれつかれ足を止めた。
胸が重苦しく感じる。息が出来ない。呼吸をしようと胸に空気を入れようとするけどうまくいかない。
苦しい!助けて!自分の胸をわしづかみ両膝を折った。片手を地面に付き呼吸を必死でするが意識が遠のいてきた。

 「おいっ、起きろ!」
 はっとして目を開けると目の前にネコの顔。しかもデブネコが僕の胸の上に乗っていた。
 きっとこいつのせいで変な夢を見たんだと思ったら安心して気が抜けた。

 よかった。

 「このネコをどかしてほしいんやけど」と王子に頼んだが無視された。

 苦しいんだけどなあ。だけどよく見たら三毛猫。
ネコを胸に置いたまま起き上がり膝の上に自分と同じ向きにネコを座らせた。
オスだった。珍しい。オスの三毛猫を抱っこ出来るなんて超ラッキー。

 その様子を王子に観察されていたらしい。何の感情も持たないガラス玉のような目がこちらを向いていた。その目を見ているとどうしようもない不安感がこみ上げてくる。
この感覚はこの家に入ろうとしたときにも感じたものとよく似ている。自分自身がどんどん無くなっていくような不安。

王子の視線が外された瞬間、心底ほっとした。
嫌な夢のせいか変な汗をかいていた。ついでに喉もカラカラ。
王子が持ってきてくれた麦茶を一気に飲み干した。生き返ったあ。
そんな僕の様子を見ているいくつもの目、目、目。
今度はネコ達の目が一斉に僕に向かっていた。
何で?
ここのネコ達は何か変だ。

帰りたい。

 こみ上げる衝動。ここから帰りたい。そうだ早く帰って安心したい。

 「僕そろそろ帰るよ」王子に言うと怪訝な顔をされた。
何で?

 再び不安感がこみ上げてくる。ここから早く出よう、そう思うのに立てなかった。
膝の上には大きな三毛猫。いくら大きいからって立てないくらい重い訳じゃない。

 王子が口を開いた。
 「帰るってどこに?」
 「どこって、自分の家に決まってる」そこまで言ったとたん一つの疑問が出てきた。
僕ってここに来る前までどこにいたんだっけ?
学校へ行った。宿題を見せたりもした。王子と会話したしどこも変じゃない。
それから家に帰った。あれ?僕の家ってどこだっけ?自分の家が分からないってあり得るだろうか?
頭がぐるぐると回る。めまいがひどくなってきた。思考がどんどん働かなくなってくる。
目をつむっているのに膝の上の三毛猫の視線が突き刺さる。

 「君の膝に乗っているネコの名前、覚えてる?」王子が僕に話しかける。
覚えてるも何も初めて会ったネコだし知らない。

 「君はそう遠くない昔、このネコに会ってるんだ。そして君が名づけたんだよ、オジサンってね。それ以来このネコは僕のオジサンさ」

 思考の働かない頭で何かをつかみ取るように必死で思い出す。
夏祭りに映像が頭によぎる。屋台が立ち並ぶ神社までの道を僕は浴衣を着て歩いていた。誰かと一緒だったかは分からない。
そこに行き先をふさいで座っていた大きな三毛猫がいた。仕草がどうにもおっさんくさくて笑った記憶がある。だから一時的にこのネコを呼ぶためにオジサンと呼んだ。オジサンは僕に付いてきた。前を歩き先導したり後ろから付いて来たり。
その時だった。暴走車が突然僕の後ろからやってきてとっさにネコを抱き上げた途端跳ねられた。訳が分からない。そうだ。僕は車に跳ねられ意識を失った。その後の事は分からない。

 「違うよ。それは事実じゃない。だけど君の中ではそれが真実なんだね」

 王子の声がやたらとはっきりと聞こえてくる。
事実じゃない?何でそんなことが分かるんだっ。僕は車に跳ねられて、もしかしたら死んじゃった?そのことに行きついた途端、体中に震えが走った。脈が打つリズムと同じように頭が痛んだ。痛いのは嫌だ。助けて。痛いのは嫌だ。自分で自分を抱き寄せる。実際に身体は動いているのかももう分からなかった。

 「君は確かに車に跳ねられた。でもそれは自分から車道に飛び出したんだ。自ら死を選んだ。学校でいじめを受けていてそれに耐えきれずに死を選んだ!なぜ死を選んだ?学校を休むという選択肢だってあったはずだ。死ねば楽になると思った?今君は楽しい?」

 違う、違う、違う!
僕は生きてる。死んでない。生きたいんだ!
そうだ。僕はこれからもずっと生きていたい。笑って過ごしたい。

 「君に選択肢をあげる。僕とこの家にオジサンたちと一緒に住むか自分の人生をもう一度歩むか。君は今生死の境にいる。オジサンは残念だけどこの家に残るよ。戻ればまた辛い日が繰り返されるかもしれない。どうする?」

 「戻りたい…」帰れるなら帰りたい。また辛い日が続くかもしれないけど、生きたい。

 「そう、良かった。もしこのまま残るなんて言い出したら殴ってやるところだった。言っとくけど戻ったらずごく痛いから。何せ車にぶつかった怪我がひどいから。まあ、出血大サービスで今後の回復力を手助けしてあげるよ」

 急に眠気を感じでまた眠ってしまった僕は、次目を覚ました時に最初に見たものは病院の白い天井だった。それから医者や看護師たちが何やら僕の周りをせわしなく動いていたのを感じた。

 白衣を着た男の人の顔が目の前にきて声をかけられた。
 「気が付いた?君は車に跳ねられて大怪我をしてね、手術したんだ。しばらくは安静が必要だ。それと心の休息もね。ゆっくり休みなさい。次に起きたときはもう少し意識がはっきりしてるからその時にまた詳しい事を話そう」

 僕はまた眠った。
王子、僕帰ってくることが出来たよ。いったい君は何者だったんだろう。
またどこかで会えるかな。オジサンごめんね。きっと僕のせいだよね。涙がこぼれた。

 どこかで「にゃあ」とオジサンの声が聞こえた気がした。
 「気に病むな。寿命だっただけさ」王子がそう言った。

 オジサンありがとう。そしてダイエットしてね。

 王子ありがとう。僕頑張る。オジサンをよろしく。

2016年11月18日金曜日

せきとう……らんし


 「せきとうおうりょくせいらんし」
 「え?せきと?」
3歳くらいの男の子がお母さんに手を引かれ顔を上げて聞いている
 「赤橙黄緑青藍紫。これは虹の色なの」
あぁこれは夢だ。
まだ虹を見たことがなかった小さいときの俺。
 「にじ?」
 「そう、虹。お空に大きな七色なないろの橋が架かるのよ。セイちゃんにも見せてあげたいわ」



この時の影響か俺は虹の出そうな時はつい空を見上げる癖がついてしまった。
成人を期に一人暮らしを始め忙しさにかまけてここ数年帰省出来ていない。
今も会社のデスクのうたた寝をしてしまったらしい。
そっと周りを見渡す。
うん、誰にも気づかれていない。ラッキー。
窓の外を見ると遠くの空が雨雲で真っ暗になっている。
あの雲ここまでやってくるのかな。
こっちは晴れてるんだけどなあ。
そんなことを考えながら今日中に仕上げなければならない仕事に取り掛かる。

誰かが「虹が出てる」と言うのが聞こえた。

自分も外を見るとさっきの真っ暗な雨雲の所に大きな虹が架かっていた。
とても近くて大きい。
七つの色もはっきり見える。
虹なんて何度も今まで見てきたはずなのに見るたびに感動するのは何故かな。

今晩、帰ったら母親に電話してみようか。

「青藍元気にしていた?何か手伝いに行こうか」

とお決まりな言葉が返ってくるに違いない。
俺はそんなお決まりな言葉が聞きたくて電話するのかもしれない。

2016年11月9日水曜日

僕の特等席


 僕が10才の時新しい家族が出来た。
初めて君の目を見たときから僕は大好きになった。短い手足を一生懸命動かして僕の膝に乗ってくる。
それは目の大きなネコだった。黒と白のありふれた柄を身体に持っていた小さな子猫。
公園で君を見つけたときどうしても家に連れて帰りたかった。
だってお日様の匂いがして温かかったから。
お母さんは怒るだろうか。ドキドキとしながら自分の上着に子猫をくるんで家に帰った。

 「お母さん子猫を見つけたんだ。家で飼っても良い?」

まるで自分が悪い事をした時のようにか細い声しか出なかった。
最初はびっくりしていたお母さんは子猫の世話をしっかりする約束で飼う事を許してくれた。
それからは大変だった。
まずはトイレや餌を買いに出かけたし、ちょこまかと部屋の中を動き回り目が離せない。
近所の動物病院で健康診断をしてもらったりワクチンを射って貰ったり。
すべてが初めてで大変だったけれど楽しかった。動物病院の先生が「女の子だよ」と教えてくれたので「ヒトミ」と名付けた。

 ヒトミはすくすくと大きくなった。
そして僕の心の特等席に座った。
いたずらに手を焼いたこともあったし、急に餌を食べなくなって心配で病院に駆け込んだこともあった。
腕や足を引っかかれたり痛い思いも一杯したけれどヒトミはいつも僕の傍に居てくれた最高の友人。
その時の僕は知らなかったんだ。ヒトミは僕より成長が早いんだってことを。

いつまでも僕の傍に居てくれると思っていた。

 中学校に通うようになって家に帰る時間が遅くなったり部活で休日も出かけるようになってヒトミとの接触がどんどん短くなっていった。
それでも夜は一緒に眠ったし、朝も同じ時間にご飯を食べた。僕の特等席は変わらない。
ただそこに居てくれるだけで幸せだった。

 やがて高校大学と進学した僕。その頃からヒトミは寝る時間が長くなっていった。
お気に入りの場所を見つけては丸くなって寝たり時には身体をこれでもかというくらい伸ばして寝ていることもあった。身体を撫でてやるとやっぱりお日様の匂いがした。

 ヒトミが家族になって12年が過ぎようとしていた。一日の大半を寝て過ごすようになっていた。少し痩せてきたようにも見える。
 「ヒトミ」と名前を呼ぶと目を開けて尻尾で返事をしてくれる。

 とうとう餌を少ししか食べなくなってきた。病院に行って栄養剤を貰ったりしたけれど先生には覚悟をするように言われた。

 覚悟?いったい何の覚悟?

 日向ぽっこをしながら眠っている姿が大好きだった。
 長い尻尾は良く動きすらっとして大好きだった。
 くるくるとした目が大好きだった。
 僕の手に持っているものに興味津々だったよね。
 大事にしていた鉛筆も齧られたっけ。
 いっぱい写真も撮ったよ。

 苦しそうな息遣いを聞いていると僕も苦しいよ。
ねえ、君は僕と過ごして幸せだっただろうか。

 「ヒトミ」そっと呼びかけるとやっぱり尻尾で返事をしてくれる。
そんな体力も無いだろうに。必死に答えてくれる。

ヒトミが突然ゆっくりと起きだした。おぼつかない足取りで僕の膝に乗ってくる。
初めて会った時も必死に僕の膝に乗ってきたよね。

 「ヒトミ」「ヒトミ」何度も何度も名前を呼んで身体を撫でる。
とうとうお日様の匂いのする身体が動かなくなった。

 僕の特等席が空席になった瞬間だった。
空席になった椅子にはたくさんの思い出が置かれている。

 ここはずっとヒトミの特等席。