2026年1月30日金曜日

お化けさん頑張る!

 「ばあさん、ばあさんや、ちょっと見てほしいものがあるんじゃが」
何だか困惑している老人が妻であろう女性に話しかけている。
時刻はまだ夜明け前の暗い時間である。

「何ですか、騒がしい。ご近所さんに迷惑がかかるから少し声を抑えなさいよ」
話しかけられた女性がそう言いながらも苦笑いしひょいと御影石から顔を外に覗かせるとそこには小さな白い子猫が3匹捨てられていた。
とても元気そうだがここには子猫の餌になるものが何も無いし雨でも降って身体が冷えてしまえばまだ体力のない子猫なぞすぐに風邪をひいてしまう。

「困ったねえ。私たちじゃどうしようも出来ないよ」

そんな会話を聞きつけたのかあちこちから子猫を見に集まってきたご近所さん達。

「可愛いねえ。多分3ヶ月くらいじゃないかな。誰か拾ってくれれば良いがなあ」
「癒しですねえ。自分たちで面倒見るってのはどうでしょう」
「どうやって面倒を見るんですか?私たちは見守ることしか出来ないじゃないですか」

答えの出ぬままいつの間にか小学生たちの登校時間になっていたようで、慌ててみんなが戻っていく。
ここにお化けが出るなんて噂がたっても困るだけである。
それぞれに「〇〇家の墓」「先祖代々の墓」「南無阿弥陀仏」等々と書かれた石の下に戻って行ったお化けさん達。
そう、ここは墓地。その片隅に3匹の子猫は捨てられていたのだ。
時々気にしながら子猫の動向を見守るしかなかった墓の住人達。

次の日男子学生が自分のカバンからお弁当を取り出し子猫にご飯をあげていた。
それを見ていた老人は声をかける。
「それらを飼ってはくれないかの?」「無理か?飼えないか?飼いたくならないか?」
男子学生の周りをくるくる回りながら声をかけるが反応は無かった。
「脈なしかあ。わしの声が届くと良いのだがのう」

子猫の事は人の子たちに広まりいろいろな子が見に来ては去って行った。
小学生たちが給食で出たであろうパンをあげたりお弁当の一部をあげる学生も居たり。
その度に墓の住人である老人たちは話しかけていく。
「誰か飼ってくれそうな家は無いかい?」「兄弟全部じゃなくても1匹ずつでも」
「人間の食べ物だけじゃ弱ってしまうよ」「明日は雨が降るそうじゃ」
人の子の周りをグルグル回って声をかけてみるけれどやはり自分達には反応はしてくれなかった。
仕方がないのは分かるがどうにかこの子猫達を救ってやりたい一心だった。

墓の住人たちは考える。
本当に雨が降ったらこの小さな命は消えてしまうかもしれない。
まだこちらの世界に来るには早すぎる。
誰か飼ってはくれないか。誰か誰か誰か。
でもどうすればどうすればどうすれば?
焦り始める墓の住人達。
子猫達にも話しかける。
「君たちにどうにかして暖かい場所を見つけたいんじゃ。明日雨になるが傘にもなってやれんのが悔しいのう」

翌日の夕方、とうとう小雨が降ってきた。9月の雨はやはり子猫達には酷だ。
子猫の上をふわふわと飛び回り何とか自分が傘になろうと頑張っている老人。
「ダメじゃ。濡れてしまう」
それを偶然見つけてしまった妻は問いかける
「あなた何を踊っているんです?盆踊りの練習ですか?お盆はとうに過ぎてますけど」
そう笑いながら自分の墓石である家に帰って行った。

やむ気配のない雨の中、二人の少女が子猫のもとに走ってきた。
二人は何やら話をし、一人の少女が一匹の子猫を抱きあげ自分の上着に包み込んだ。
もう一人の少女も2匹の子猫を胸にそっと抱きしめた。

「おぉ!君たちが飼ってくれるのか?育ててくれるのか?うれしいのぅ。やっと飼い主が現れた。良かったなあ。元気でなあ。良い子でなあ」
ぐしぐしと泣きながら鼻水をすする老人。
「そうだ。ばあさんに教えてやらにゃ。気にしてない振りしておったが頻繁に様子を見に来てたの知ってるしな。ばあさん、ばあさん!聞いてくれ」

「えっほ本当に?あの子たちは救われたんだね。良かった良かったあ。本当に良かった。
ご近所さんにも報告しないと。みんな心配していたから」

3匹の子猫が居た場所は静まり返っていた。
小学生の給食のパンも学生のお弁当もなく静けさだけがそこにあった。

年月が流れ干支が一回りしたころ一匹の白猫がじいさんの墓の前に座った。
気配に気づいた老夫婦は話しかける。
「もしかして昔ここに捨てられていた子猫かい?立派になったなあ。そうかそうか12年生きたんじゃな」
あの時はありがとうと言っているように白猫は二人に身体を摺り寄せた。
「わしらは何もしとらん。出来んかった。なあ、ばあさん」
「そうですね。でもこうして会いに来てくれたのだからそれで良いじゃないですか」

捨てる人あれば拾う人あり。命を粗末に扱うなかれ。


2023年9月14日木曜日

ぼくの明日

 「また明日会いに来るから待っててね」


その言葉だけが記憶に残ってそれがいつの出来事で誰から言われたか全く覚えていない。
もしかしたら自分の妄想?夢?
ずっとずっと心の中に引っかかって抜けないのだ。
普段は忘れていても急にこの言葉が脳裏によぎってくる。
一度思い出してしまったらしばらくこの言葉に呪縛されたように頭から離れない。
そして今この時もこの言葉に縛られている自分がいる。
「また明日会いに来るから待っててね」
そう優しくとも悲しくともとれる感情がこちらに伝わってくる。
誰からの言葉だったろうか。何故自分は覚えていないのだろうか。
濃い霧の中を彷徨っている感じがして不安がこみ上げてくる。
外では物が解体されるようながれきがこすれ合うような音がする。
だからあえて考えないようにしている。
なのにある時気づいてしまった。
自分は待っているのだ。
ずっとずっと長い間、気が遠くなるような長い間待っているのことに。

綺麗な街並みの一角のガラスウインドウ。
行きかう人々が自分に目を向けてはそらし目的地に急ぐ。
そんな人を見送る毎日。退屈と物珍しさが交互に繰り返される感情。
何度目かの季節が廻ったある晴れた日。
小さな女の子がこちらをじっと見つめている。
隣にいる母親に手をつながれ足をとめてじっと見つめてくる。
「お母さん、このくまさん可愛いね」そんな言葉が聞こえてきた。
「そうね。このくまさんはたくさんの人を毎日見送ってくれているのよ。
お母さんが小さいころからここに座っているんですもの」
「そっか。すごいね!バイバイ。また明日ね」
バイバイと手を振って母親に手を引かれいつまでも振り返っていた小さな女の子。
その子は小学生になりランドセルを見せに来てくれ、やがて制服を着るようになりぼくの前を通り過ぎって行った。
たくさんの友達と一緒に話しているのは恋バナなんだろうか。
あの頃のようにこちらを見ることも無くなってしまった。
忘れられてしまったのだろうか。あの子は成長とともに見向きもしてくれなくなった。どんどんぼろぼろになっていく自分。
職人によって服を変えられほつれた場所は綺麗に縫われ、中綿も取り換えてもらい、女の子に手を振ってもらえた自分はどこにもいない。
ただ自分の記憶の中に残る女の子の魔法の言葉が忘れられない。
ねえ、忘れないで、また足をとめてこっちを見てくれない?そして手を振って欲しいのに。
ほら今日もあの女の子が通り過ぎる。隣には男性がいてとても仲良さげに通り過ぎていく。そっかもう少女ではなくなったんだね。
あぁ、もうあの子の中には居ないんだ。ぼくの存在は無くなってしまったんだ。真っ暗な心の中にポツンと一人膝を抱えると少しだけ安心出来る。
でも、でも、一人ぼっちは怖いよ、寂しいよ、嫌だよ。
やがて修理もされなくなったぼくは縫い目から綿が見えるようになり片目が取れ足は引き千切られたように無くなった。
通り過ぎる人たちの声が聞こえてくる。
「このお店潰れちゃったんだって。もうすぐ解体されるらしいよ」
ぼくはこのお店と一緒につぶされてしまった。
漠然とした記憶だけがふわふわと漂う感覚だけになった。

ぼくの明日はなかなか来ない。きっと永遠に明日は来ない。
どれだけ日が昇ろうと日が沈み夜空を見上げようとぼくの明日は永遠に来ない。